中曽根康弘101歳の大往生! 果して日航123便の秘密は?

 昼の臨時ニュースが中曽根康弘元首相の逝去を伝えた。私にとってはかなり昔の政治家というイメージで、故ドナルド・レーガン米国大統領とのロンヤスエピソードや日之出町の別荘(当時)以外、あまり記憶に残る足跡は思いだせない。その中で、あの御巣鷹の尾根に墜落した羽田発大阪行き日本航空123便とのかかわりで彼が吐いたとされる「墓場まで持っていく」発言は今でも耳に残る。

 その第一報を私は、夏の盛りの東京郊外T市にあった勤務先の机で残業中に聞いた。まだ明るい陽差しが残る晴れた日の夕方7時前だったことを明確に覚えている。歌手の坂本九さんをはじめたくさんの帰省客を乗せほぼ満席で羽田空港を発った直後の日航ジャンボ機がレーダーから消えたというものだった。しばらくして、あまり聞き慣れない「迷走飛行している」という情報も入ってきた。その後のことについては夜が明けるまではっきりした記憶はないが、夜が明けて明らかになった翌日の悲惨な現場状況は既に伝えられている通りである。テレビ画面は、数少ない生存者がヘリで救出される様子を繰り返し伝えたものだった。

 事故調査委員会の最終結論は、以前起こした着陸時のしりもち事故で後部与圧隔壁に残った金属疲労履歴が原因と結論づけたが、この事故には当初から多くの疑問点が指摘されてきた。いまになっても収束していない。

 客室乗務員だった生存者の一人、青山透子氏はさまざまな形での誹謗中傷にもめげることなく、現在もなおブログを通して真相解明を呼び掛けている。


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