反社の定義なし?悪夢は寧ろ自民公明政治、森友加計の次は桜を見る会

あの菅という官房長官が驚くべき発言を吐いた。問題になっている首相主催の公的行事「桜を見る会」に反社会的勢力が参加していたのではないかの重なる野党の指摘に、当初は「結果として参加していた」と渋々認めていたにも関わらず、ここへ来て「反社の定義は定まっていない」などと、驚愕の発言を行ったのだ。  この男は、かって同和などの社会問題を餌に暴力団やその外郭団体の構成員が企業・組織を食い物にした事実を教訓に、今日の企業・社会活動へと成長してきたことを知らないのだ。その当時、総務部門の指揮のもと社を挙げての反社勢力対策に取り組んで来た者の一人として怒りを覚える。反社勢力についての具体的定義を無くして、対策などあり得ないのだから
いかにも、私は冷酷で不愛想な人間ですと自ら言わんばかり。独特のニガムシ噛みの表情で相手の目を見ることもなくメディアに嫌々応えるかのこの官房長官。どの派閥にも属さないとされ、苦学の経歴から苦労人のイメージがあるが内閣の番頭としての評価は必ずしも高くないし、好印象を与えるまずもない。  長い間、人事評価を行った経験からすると、一般的な着眼点に依拠した企業や役所など普通の組織で、この手の人物が高評価を受ける確率は決して高くないと思われる。その彼がここまで登り詰めた裏には政界特有の力学が働いたのだろう。  あんなにも暗い表情をした人物と連日つきあわされる官邸記者も大変だろう。ただでさえ口数の少ない人物から、期待に足りる反応を引き出すのは容易ではあるまい。  長官がよく使う表現いずれにしてもという副詞を借りて表現すれば、答弁に窮すると前言をも平気で覆す相次ぐ子供だましの嘘と、官僚による辻褄合わせの文書改竄・破棄の果てしない繰り返し。悪夢のような時代というなら、この内閣の方がはるかに上だ。

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